クロガネ・ジェネシス

第25話 現出 "名も無き剣
第26話 変貌 逃走劇の幕開け
第27話 エスケープラン!
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第三章 戦う者達

第26話
変貌 逃走劇の幕開け



「さあて、どうしますか……」
 キャッスルプラントの部屋から出てすぐの廊下。
 アーネスカはそんなことを呟いた。
 敵は巨大にして固い。正面から戦っては勝ち目は無いかもしれない。非力な人間がいくら集まろうと、サイズの巨大な生物と消耗戦になれば人間側に犠牲が出るのは自明の理だ。
 それを打破するには、人間側にも一撃で敵を静めるだけの力が要求される。
 キャッスルプラントに正面から炎系魔術を叩き込んでも自身の唾液で消化されてしまうことが分かった。ならば、単純にキャッスルプラント全体を一気に焼き払うだけの魔術を使えばいいのだが、そのような魔術は一流の魔術師だってそう簡単に使えるものではない。
「正面からやり合っても勝ち目が無い以上、別の場所から奴を狙うしかあるまい」
「だとしたら、どこから狙うかが問題ね……」
 進の提案にアーネスカは頷きつつそう返す。
「狙うなら、キャッスルプラントの根を破壊するか、または天井裏に行って、上から攻撃を行うかのどちらかが有効だと思う。天井裏からなら奴の唾液による消化もほとんど届かないでしょうし、根を狙えばそれこそ弱点をピンポイントでつける」
「でもさ……」
 火乃木がそこで口を開く。何か思うことがあるのだろう。
「木があれだけ動くんだよ? 根を攻撃してもボク達を攻撃してくるんじゃないかな?」
「そうね。狙うなら天井裏を狙うべきだと思う」
 葉や枝だって独自に意思を持って襲ってくる可能性は十分ある。しかし、根よりは焼き払うことにそう苦労はしないだろうとも思う。若干安直な考え方かもしれないが。
「1つ思ったのだが……」
 進はそう前置きした。
「奴を焼き払うのに、奴だけをピンポイントで狙う必要はないのではないか?」
「どういうこと?」
「人間とて火に焼かれれば死に至る。しかし、人間の住む家が焼かれれば、たとえ人間の体に火がついていなくともその被害を被るものだ」
「え、え〜っとつまり、キャッスルプラントではなく、キャッスルプラントの住まう部屋そのもの、引いてはこの城そのものを燃やし尽くせば、キャッスルプラントもおのずと焼き殺すことが出来ると、そう言いたいのかしら?」
「そういうことだ……」
「この古城……。古いカーペットや埃の被ったカーテンが大量にあるからある程度燃やすことができるって点では確かにありかもしれないけど、全体に燃え広がるかしら?」
「キャッスルプラントの部屋を燃やしつつ、天井裏から葉や、枝の部分に火を灯せば、奴の消化より速く部屋全体を炎で包み込むことが出来る。この古城全体を炎で包む必要は無い。この部屋も同時に炎をつければその効果はより高まる」
「それをやるなら、2手に分かれる必要があるわね。部屋内部に火を灯すグループと、葉の部分を焼き払うグループに」
「そういうことだ」
「じゃあ、どう分ける?」
 2手に分かれるということは戦力の分散だ。得体の知れない古城内を2つに分けるのはあまり得策とはいえない。それでも2手に分かれるならばそれ相応、分けるに相応しい者が別れるべきである。
「拙者とディーエがこの場に残り、お前と火乃木はキャッスルプラントの天井裏に向かい天井そのものから攻撃を加えるというのはどうだ? それに、ディーエ殿には手伝って欲しいことがあるからな」
「……私はそれで構いません」
 進の台詞をいぶかしく思いつつ、ディーエはそう言う。ディーエは先の戦いで鉈を失った。キャッスルプラントのツタに絡み取られた火乃木を助けるために投げつけたからだ。
「火乃木はそれでいい?」
「うん……」
 火乃木もどこと無く気のない返事だ。
「じゃあ、作戦のプランなんだけど……」

 火乃木とアーネスカは、キャッスルプラントより上の階上を目指し、階段を上っていた。ホールとは別の階段だ。
「火乃木、大丈夫?」
「え?」
「いや、元気なさそうだったからさ……」
「あ、ううん! なんでもないよ! なんでも……!」
 明らかに無理をしている。アーネスカには少なくともそう見える。
 やはり先の戦力外通告がきいているのだろうか。
「悪かったわね……」
「どうして、アーネスカが謝るの?」
「戦力外って言ったこと、気にしてるんでしょ……」
 アーネスカが自分を気遣っている。それを悟って、火乃木は笑顔で返した。
「そんなことじゃないの……。色々考えちゃっただけ。レイちゃんは無事だろうか……とか、ボクがもっと魔術を使えれば……とか、そういうことをちょっと考えてただけだから、アーネスカが気にすること無いよ!」
 ――やっぱり気にしてるんじゃないのよ……。
 やはり無理に笑顔を作っている。アーネスカでなくても多分それは分かる。
 原因が自分にあることはよく分かっている。だからこそ、下手に慰めてあげることも出来ない。
 それでもアーネスカは火乃木に語りかけた。
「火乃木。あたしは、あんたが魔術の才能に恵まれているかどうかって言うことを理由にして、仲間はずれになんかしないわよ」
「……うん」
 顔は笑っているが目は笑っていない。そんな顔で火乃木は頷いた。
 アーネスカはそれ以上何も言えなかった。

「それで、どうするんです? 進さん」
「うむ……」
 その一方、キャッスルプラントの前に残ったディーエと進は作戦の確認をしていた。
 作戦はこうだ。
 アーネスカと火乃木が、キャッスルプラントより上に向かう。アーネスカの爆発系魔術で天井を破壊し、火乃木と共にキャッスルプラントに攻撃を開始する。それを合図に、進は部屋全体を火の海にすると言う。
 そこからは部屋全体とキャッスルプラントへ攻撃を仕掛け続ける。そうすれば、キャッスルプラントの唾液による消化より早く部屋全体を燃やせると言う算段だ。
「ディーエ殿、これを」
 進は懐から用途不明の紙束を差し出す。10枚前後はあるだろうか。
「キャッスルプラントの部屋に入ったら、彼奴《きゃつ》が攻撃態勢に入る前に、この札を、可能な限り広範囲にわたって貼り付けてもらいたい。拙者も同じことをする」
「それをするとどうなります?」
「その札を媒体として魔術を発動させる。下準備が必要な広範囲系の魔術だ。これで部屋全体を炎の海にする」
「なるほど……分かりました。やりましょう」
 2人はすでに三度、キャッスルプラントの部屋へと歩を進めた。
 相変わらず湿った空気が辺りを支配している。さっきは戦っていたことによる興奮でそんなことを気にしていなかった。日の光も入らないような空間はあまり気持ちのいい所ではない。
 キャッスルプラントは先ほどの戦いで疲労したのか、その首はツボミに隠れて出てくる気配が無い。チャンスは今だった。
 2人は手分けしてその広大な部屋の壁に1枚1枚お札を貼り付けていく。
 作業はそれほど苦労せずして終わった。後はアーネスカが階上にて攻撃を開始するのを待つばかりだ。
 2人はキャッスルプラントの部屋から1度出た。すぐ突入できるよう、部屋の手前で構えている。
「ディーエ殿。1つ聞いてもよいか?」
「はい」
「そなたは人間に対して敵意は無いのか?」
「火乃木さんも似たような質問をしてきましたよ」
 そう前置きして、ディーエは話を続けた。
「人間を目の敵にしている亜人達は共通の考え方があるんです」
「それは?」
「我ら亜人を生み出せし母。その母の言葉を信じているのです。母はこう言いました。『人間は最初から汚れた連中だと。亜人は人間より優れた存在。ならば人間を駆逐して新たな亜人の世界を作ろう』と」
「ディーエ殿も信じていたのか?」
「生まれてから10数年の間は信じていました。しかし、ラックスとの出会いは私の価値観を変えました。彼は自然と動物を愛していました。そんな彼を、私は殺そうとしたんです。だけど私にはラックスを殺すことは出来なかった。ラックスには長いこと苦楽を共にしているセルガーナと言うドラゴンがいました」
「セルガーナ……!? そのような高価なドラゴンを、あの青年が……?」
「え、ええ……。昔取った杵柄だとかなんだとか言ってましたが……」
 ドラゴンと一言で言っても様々な種類が存在している。
 空を飛べるもの、飛べないもの。
 海辺に生息しているもの、陸地に生息しているもの。
 人間をはるかに上回る巨体を誇るものと、逆に人間と同程度の大きさのもの。
 そんなドラゴンの中で飛行能力を持ったドラゴンを、馬の代わりにし、空を舞う騎士は龍騎士《ドラゴン・ナイト》と呼ばれる。
 セルガーナと言う種は、そんな龍騎士《ドラゴン・ナイト》の中でも憧れの存在だ。
 人間の言語を理解できるほどに知能が高く、流麗にして巨大な翼と尾羽を持ち、あらゆる飛行龍《スカイ・ドラゴン》を上回る高速飛行能力を持つ。
 龍騎士《ドラゴン・ナイト》と呼ばれる人種になるためには、ドラゴンを手なづけることさえ出来ればよい。それが出来るかどうかが龍騎士《ドラゴン・ナイト》と呼ばれる人間の最低条件だからだ。
 しかし、ドラゴンは共通して皆凶暴だ。人間にてなづけることが出来るほど大人しい種はごく稀にしか存在しない。
 セルガーナはそのごく稀なドラゴンの1つなのだ。それに加え知能も高く、姿形も美しいときている。そのため希少価値が高く、一宿屋の亭主が手に出来るような代物ではないのだ。
「話を続けていいでしょうか?」
「あ、ああ……」
 進はディーエに続きを促す。
「私はあの宿屋に始めてやってきたとき、私は当たり前のようにラックスを殺そうとしました。しかし、ラックスは自分の身を呈してそのドラゴンを守ろうとしたんです。自分の身を盾にしてまで。そんな姿を見たものだから、人間が本当に汚れきった存在なのかどうかが私には分からなくなったんです。人間が本当に汚れているのなら、自分のことだけを考えるはずだと思いましたからね。私はラックスに聞いたんです。なぜドラゴンを守るのかと。その答えは非常に単純なものでした」
「それは?」
「大切な家族だから……。だそうです。自分のしていることと、ラックスの行動を比べてみて、私は大きな衝撃を受けました。自分達のやっていることは所詮殺戮でしかない。それに比べて、人間ですらない存在を自身の家族として受け入れ、その生活を守ろうとしている。ラックスはこうも言いました『亜人だって大切な家族がいるはずでしょう。貴方はそれをほおっていて、こんなところで何をしているのか』とね」
「勇敢だな。あの青年……」
「私には何が正しいのか分からなくなりました。結局私はラックスを殺すことが出来ず、その場は退いたんです。その後、私はこのことを仲間の亜人達に相談したんです。しかし、私の仲間達は理解を示してはくれませんでした」
「亜人含め、人と言うのは刷り込みによって植え付けられた考え方をそう簡単に捻じ曲げたりはしないものだからな……」
「ええ。仲間達はその後、ラックスを殺すためにトレテスタ山脈へと向かいました。私は悩みながらも彼らと行動を共にし、そして……ラックスを守るために、私は自分の仲間を殺しました」
「……」
「もちろん後悔しました。しかし、そうしなければラックスを守ることも出来なかった。そして、後悔の嵐に苛まれる私に、ラックス手を差し伸べてくれたんです。『行くところが無いならうちで働かないか』なんて言ってね。何が正しくて何が間違っているのかなんてそのうちきっと見つかるとまで言いました」
「だから、そなたは人間を敵視しないのだな」
「そうです。殺戮に正しいことなんかない。人間と亜人はお互いに守り、補い合っていけるはずだと。私はそう結論し、ラックスと共にあの宿を守ることを決意したんです」
「すまないな……。聞かぬ方が良かったか?」
「気にしないでください。こんなことを話せる相手なんていなかったんですから、むしろ嬉しいくらいですよ。少しでも人間、亜人。双方が殺しあうことのない未来の手助けが出来たと思えば……」
「そなたの思い、拙者が活かそう。人間と亜人の未来のためにな」
「ありがとうございます」
 ディーエは心底嬉しそうに言った。
 その直後、2人は部屋の方へと視線を移した。
 攻撃開始の合図である爆音が轟いたからだ。
「ディーエ殿。これを」
 進は自らの腰に下がっている刀をディーエに手渡した。
「え?」
「鉈がない状態では戦いにくいでしょうからな。先の戦いで若干歪んでしまったが、まだ戦闘には耐えうるはずだ。少しの間預ける」
「……分かりました。お借りいたします」
「よし! 参ろう!」
 2人はキャッスルプラントの部屋へと足を踏み入れた。

 キャッスルプラントがいる部屋より上階では、アーネスカが魔術弾を込めた回転式拳銃《リボルバー》を乱射し、炎を広げていた。
 アーネスカ達がいる部屋は大量の木の枝が所狭しと並んでおり、足の踏み場が存在しないような狭い部屋だった。
 火乃木のサークル・ブレイズとアーネスカの攻撃によって、その枝を攻撃し、上階の部屋は火の海になっていた。
「これだけ燃やせば、どんどん広がっていくはず!」
「アーネスカ! 進さん達の所へ急ごう!」
「OK!」
 ある程度燃え広がったことを確認して、アーネスカと火乃木はその部屋を後にした。枝の密集地帯だっただけの部屋を、炎で充満させるのは思いのほか楽だった。
 来た道を戻るだけだったので、キャッスルプラントの部屋へはすぐにたどり着いた。
 部屋の中ではディーエと進が交戦していた。部屋全体がほぼ火の海と化し、キャッスルプラントの首が激しく暴れていた。
 口から大量の唾液を撒き散らし、大量のツタで進とディーエを襲う。
「進さん! ディーエさん!」
 火乃木が大声で呼びかける。
「おお、2人とも」
「お怪我はないようですね」
「ゆっくり話してる時間はないみたいだけどね!」
 アーネスカが回転式拳銃《リボルバー》を眼前に迫っていたツタに向ける。
「フレア・ロンド!」
 そう唱えて発射された銃弾はツタに直撃した途端に炎を発生させ、一気に焼き尽くす。
「総力戦よ! キャッスルプラントを一気に潰すわ!」
『おう!』
 キャッスルプラントの首は必死になって消化に励む。しかし、燃え広がった炎はそう簡単には消えない。
「あんたの相手はこっちよ!」
 アーネスカは先ほどと同じ魔術弾をキャッスルプラントの首の口内目掛けて発射する。口の中で発生した炎に耐えられず、激しく首を振り、キャッスルプラントの幹に自身の首を何度も叩きつける。
「ボム・ブラスト!」
「飛光刃!」
 火乃木と進もキャッスルプラントの幹や、ツタに向けて攻撃を行う。ディーエもそれは同様だった。彼はキャッスルプラントのツタによる攻撃を、力任せに刀を振るうことで切り落としていく。
 そうしてしばらくの間攻撃に徹していたとき、異変は突然になって現れた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 キャッスルプラントの首が雄叫びを上げた。今までと違って苦しそうに首を激しく振るっている。同時に地面が揺れ始めた。
 アーネスカは回転式拳銃《リボルバー》に弾丸を込めながら言った。
「地震!?」
「いや、違う! これは……!」
 進に続いて、火乃木とディーエが信じられないといった表情でキャッスルプラントの幹を見る。
「キャ、キャッスルプラントが……」
「動いてる……?」
 キャッスルプラントの首はしばらくして動かなくなった。しかし、同時にキャッスルプラント全体が激しく動き始めた。
 ただの幹かと思われた部分の一部から巨大な手のようなものが生えてきている。いや、それは前足と呼んだ方が正しいのかもしれない。幹の下の方に爬虫類の後ろ足のようなものが生えてきているからだ。次に幹の表面の皮がバリバリと剥がれ始めた。幹の内側からは爬虫類の鱗のようなものが姿を現した。幹の下の方に生えた(多分)後ろ足らしきものが両足とも地面に置かれ、そこを支点にキャッスルプラントが倒れてくる。
 そして前足を地面につけて踏ん張り、全身の体重を支える。
 植物の幹だったものはほとんどなくなった。その代わり4足歩行の巨大なトカゲのような生物がその姿を現した。全身茶色。見方によってはその色合いは大木の幹に見えなくもない。それが今アーネスカ達に向けて巨大な口をあけている。目はあるのかどうか分からないほど細く、ぱっと見では口だけのバケモノに見え、非常に不気味だ。
「キャッスルプラントって……植物じゃなかったの!?」
「そのようだな……」
 予想だにしない事態にアーネスカは驚愕せざるを得ない。進の冷静さが羨ましい。
「ど、どうするの!?」
 火乃木がアーネスカに問う。
「決まってんでしょ! 逃げるのよ!」
「全員退避ーーー!!」
 進が叫び、4人全員、燃え盛るキャッスルプラントから逃走を図る。
「零児とネルとシャロンがホールにいるはず! 3人と一緒に古城を脱出するわよ!」
 アーネスカが即座に全員にそう伝える。無論、それは零児がネレスを助け出し、シャロンを救出できていればの話だが。
「あの巨体なら、そう簡単には移動できないはず!」
 ディーエが言う。確かにキャッスルプラントの体は、いくつもあるこの古城の扉よりはるかに大きい。突っかかって動けない可能性の方が高い。
 が、4人は背後からさらに予想外の音を耳にした。バキバキと何かがへし折れ、ゴロゴロと何かが崩れ落ちる音。
 アーネスカが走りながら、恐る恐る背後を見た。
 キャッスルプラントは老朽化した古城を強引に破壊しながら前進しているのだ。
「ちょっと! 無茶なことしないでよ!」
「バケモノに言葉など通じぬ! 走るのだ!」
「りょ〜かい!」
 4人はホール目掛けて走る。それ以外に選択肢はなかった。
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